※ この記事はAIの力も借りながら作成していますが、私自身の考察やリアルな体験談や率直な感想もたっぷり詰め込んで自分の言葉で編集しています。
『街録チャンネルの三谷さん』御本人のお顔、お姿、動画や画像で見たことありますか?
見たこと無いって方は、下のこの動画のサムネの人物が三谷さんです~。
街録チャンネル『#241』(241個目/通し番号の動画のうち)2021/3/9公開
後ほど紐解いていきますけど、ご本人が、街録チャンネルインタビューに逆登場してる記念すべき回なんです。
反対に三谷さんのお姿は、もう動画で見たことあるよって方も結構いらっしゃいますよね~。
なんか~この三谷さん渋くてカッコよくなってます~?!(元々超ベビーフェイスな感じなのに笑)
私もあれこれ全部は見たことは無いんですが、結構!お姿出て来てますよね~?
街録チャンネルって、見て大丈夫なの?って、最初に思ってしまってその後、三谷さん本人が顔出ししてる動画を見つけちゃうと、「このチャンネル見て大丈夫!!」って、確実におもっちゃう。
その理由は、三谷さんは 可愛いキャラで例えるならば☆ぷーさん。
かっこいいキャラだと思い込んでみると大谷翔平☆だからなのよね(似てる~)。
そんなこと言ったらおこられますかね。
真面目に言うならば、絶対に安心でほっとする優しそうな見た目の三谷さん。
それなのに、街録チャンネルは、ゾワゾワするようなサムネイルの異様な暗さ。
容疑者の写真?(笑)
顔もアップ目に撮って、さらにサムネの見出しタイトルもやたらデカい。
しかも昭和な縦書き!
「電車の中刷り広告」週刊誌の広告!状態なんです。
内容見て大丈夫か?って、最初見かけた時、正直思いますよね?
だってね、お勧めに出てくるんだけど、見たら閲覧履歴とか残っちゃうし、見終わった後で、おどろおどろしい気持ちになってしまって、なんだかメンタルに影響が出そうで、正直見る事、躊躇しちゃう~。
と思った方、結構多いんじゃないかと。
でも?しっかりその中吊り広告の文字、読んじゃってますよね?
ホントは無茶苦茶気になりますよね。
ということは、異様さを感じさせてしまうけど、深層心理に訴えて、怖いもの見たさで見させてしまうこのあたりとか、他のチャンネルとはキッチリ差別化されていることになっているところとかで、なんだかんだで、大人気チャンネルになってますからね。
なかなかさりげなくてプロっぽい。
いやいや!三谷さんはプロっぽいのではなく正にプロフェッショナルなのですよ。
なぜならばフジテレビの番組の仕事の経験もあって、TV番組でフリーのディレクターもやられてたし、それが、結構ユニークに経験を重ねつつの今、な方なんです。
三谷さんは全然派手でもなく、超さりげないんだけど、さすがだな!職人なんだよなって、知れば知るほどだんだんカッコよく見えてきてしまう人です。
なもんで、私の結論は、街録チャンネル『見て大丈夫で~す。』
『むしろ真面目なチャンネルなんで人生勉強になるのであれこれ見てください。』
『但し、お子様に見せる分は、選んだものを見せてあげてください。』
三谷さんを深堀りするうちに、ほんとに大谷翔平に見えてしまうその魅力、愛を込めて☆アレコレ深堀して御案内いたします。
超!重要人物!街録チャンネルの「ディレクター」の基本情報
街録チャンネルでは、チャンネルディレクター、てのが超超超重要人物!なんです。
それは、「街録チャンネルって誰がやっているのよ?」
とか「インタビューしてる声の主は誰なのよ?」
の、答えが、『ディレクター』だからです。
じゃあ街録チャンネルの代表とか責任者は、ほかにいるの?
他には誰もいないでございます。
なぜならば、『ディレクター=声の主(インタビュアー)=代表=責任者=ユーチューバー=三谷さん』だからです。
結局、『ぜんぶ三谷!』(笑)で、
いいのだと、私は思います。
つまりは、この記事内では「三谷三四郎(本名)」さんがやってる『街録チャンネル』ということにしましょう。
リンクを貼った上の動画内で、三谷さんはご自身の事を『33歳のフリーディレクター』と、自分の事について聞かれた時はそう答えている、と言っています。
そんな三谷さんのプロフィールは以下の通りです。
1987年2月17日 東京都国立市生まれ 法政大学 理系の学部(工学部か理工学部)卒業
(大学へは指定校推薦でご入学されたそうです)
2021年2月 『(株)ぷ』設立 代表取締役社長 三谷三四郎
なので、三谷さんは今や経営者でもあります。
『(株)ぷ』って、ホントに「ぷっ」て、笑っちゃうけどマジで社名なんですよね。
ネーミングセンスが秀逸です。
(株)ぷ は、街録チャンネルの運営会社ということで、事業内容として、動画制作・イベント・企画運営、などと調べると出て来ます。
(街録チャンネルの記念すべき初投稿は、2020年3月9日なので、最初は個人でスタートして、1年後くらいに法人を立ち上げたという事になりますね。)
街録チャンネルのチャンネルディレクターが三谷さんで、インタビュアーも責任者も代表も経営も三谷さんです。
結局、『ぜんぶ三谷!』(笑)で!
それををご理解いただけたところで、そんな三谷さんがご自身のお仕事をYouTubeだけに絞るようになるまでの経緯を詳しく追いかけて行ってみましょう。
「街録チャンネル」三谷三四郎の、就職活動からフジテレビ番組「笑っていいとも」のADになるまでの経緯
まずは、三谷三四郎さんが、大学の卒業後の就職先としてテレビ業界にたどり着くまでの超大まかな経緯はざっくり、こんな感じなんですね。
「理系の大学入学→就活で将来に迷う→兄のひと言でテレビ好きだった自分に気づく→バラエティ志向でTV業界受けまくるが全落ち→唯一採用になった派遣会社に就職してTV業界入り。」
さて、ではでは、これを詳しく順番に追っていきましょう。
就職するまではどうだったの?
三谷さんは、理系大学に通いながらも就職活動のタイミングで「自分は何がしたいんだろう」と立ち止まったことをきっかけに、テレビ業界を志すようになりました。
直接のきっかけは、一個上のお兄さんから「テレビの仕事やってみれば?」と言われたことだったということです。
もともとテレビ自体はずっと好きだったこともあり、「自分がやりたい仕事ってこれくらいしかないかもしれない」と感じて、テレビ局や制作会社を中心に就職活動を始めました。
その背景には、お笑いとの出会いも大きく関係していたという事でした。大学1年生の頃、近所のBOOKOFFで偶然100円で見つけた、お笑い芸人の、松本人志の著書「 遺書」 を読んだことで衝撃を受けたそうです。
本の中には「目から鱗」の内容が数多く書かれており、「面白いし、この人すごいな」と感じた三谷さんは、そこから松本人志さんの本を次々と読み、さらにラジオ番組「 放送室」 もすべて聴くほど夢中になっていきました。
ただ、松本人志さんに強く憧れていた一方で、自分自身がお笑い芸人になりたいとは思わなかったそうです。もともと人前に立つタイプではなく、文化祭や学芸会ですら恥ずかしさを感じる性格だったため、「舞台に立つ側ではない」という感覚があったという事です。
その代わり、「自分はバラエティ番組を作る側に回りたい」という思いが強くなり、制作会社やテレビ局への派遣を行う会社などを受けるようになりました。
最終的に就職したのは派遣会社だったそうです。
そこに就職した理由としては、制作会社に直接入ると、関われる番組が限られてしまうため、「派遣の方がいろんな現場に行けて間口が広いかもしれない」という考えもあったからだそうです。
ただ実際には、TV業界を受けても三谷さんは、キー局全滅!それに付随する制作会社全滅!さらに有名じゃない制作会社も全滅した!
という状態で、当時は就職氷河期でもなく、三谷さん以外の周りの仲間は大学4年生になる前には就職が決まっていたという状況の中、大学4年の10月くらいになり、「そこしか受からなかった」という現実的な理由も大きかったということです。
「余裕で落ちましたけど」と、本人は振り返られたりています。
このあたりは非常に三谷さんらしい面白いところで、『人間としての魅力が皆無だったからですよね、全落ちしたのだから(笑)』と、あっさりちょっぴり自虐的物言いで、笑いを誘って自己分析しています。
高3の時に指定校推薦をとった時の嫌なヤツの状態のまま、学生時代をバイトくらいしかしないで過ごして面接に臨んだから、痛い目に合うわけですよねと。
制作会社の面接を受けてるのに、制作会社が作ってるような映像の部分は面白いと言わず、正直に、それは見てない、などと言ってしまって、世間知らずで常識もない受け答えに、ただのやばいヤツとして落とされるわけですよね、と俯瞰して見られてますね。
確かに!『TV業界に入りたいのに、貴社のTV番組VTRは面白くない!』って言っちゃってる!ところが、非常識なんだか、おっちょこちょいなんだか、忖度無くて面白くてやばいヤツなのか?というユニークなところでもありますよね。
このエピソードは以下の動画のリンクの社会学者の西田亮介氏とのYouTube対談で視聴できます。
奇才が奇才を扱うとどうなるのか?といった感じも有りますかな?(笑)
動画を見ていて、三谷さんて一見ひょうひょうとしてるけど、この就職活動のエピソードでも、私は起業家として向いてる方なのでは、と、ふと思ったんですよね。
何故そう思ったかというと、自分以外の周りの友人が大学4年を待たずに就職の内定をもらっていた中で、結構な長い間1人だけ決まっていない状態が続いていたはずなんですが、TV局やそれに関連する会社などのほとんどの会社を受けまくっても全落しても尚、有名でも大手で無くても、三谷さんはTV業界に関われる受かった派遣会社に、新卒で就職をきめるのですよね~。
普通なら気が萎えちゃいそうなところでも、迷って違う道を考え出したり、諦めたりしないからなんですよ。
それで、起業家に向いている人の特徴のいくつかを、下のようにつなぎあわせて、三谷さんと照らし合わせてみました。
強い目的意識とビジョンがあるから、考えや信念が簡単にぶれない。
強い目的意識とビジョンがあるから、リスクがあっても挑戦して、失敗しても諦めない。
孤独に耐えうる精神的な強さがあるから、柔軟な思考で物事の本質を見いだせる。
孤独に耐えうる精神的な強さがあるから、迅速な行動力や決断力がある。
安定を最優先に求める性格ではないから、柔軟な思考で物事の本質を見出せる。
柔軟な思考で物事の本質を見出せるから、考えや信念が簡単にぶれない。
考えや信念が簡単にぶれないから、迅速な行動や決断が出来る。
(起業家に向いている人の特徴や資質について参考にしたところは、後で詳しく載せて載せてありますのでこのまま読み進めてみてくださいね)
さて、どうですか?三谷さんに結構フィットしていませんか?
就職が決まっていないのが自分だけになって孤独な状態でも、業界をこのままずっと絞り続けていたら就職が決まらないというリスクがあっても、『TVの世界に行く』という信念は強かったし、何度も何度も落ちても諦めないで挑戦したというところなど、起業家の特徴に正に当てはまってますよね。
そして、自分の事を嫌な奴とかヤバいヤツとか言いながらも悲観性せずに客観視している様子から、孤独に耐えうる精神的な強さがあるからこそ、周りに振り回されずに落ち着いて柔軟な思考で物事の本質を見出して、迅速な決断と迅速な行動を繰り返すことが出来たのではないか想像できるからです。
また就職活動で、『派遣の方がいろんな現場に行けて間口が広いかもしれない』という考え方にたどりつく事が出来るのは、私が思うに、色々な現場に行けた方が色々な人にも会えて色々な体験ができ、色々なチャンスに恵まれるわけだから、今は仕事人生も長く続く時代と考えている三谷さんらしく、楽しく続けられる方が長い目で見て結局は安定だという本質を見出していたからこそ、目先の安定を最優先に求めないで、派遣会社の道に入る事を迅速に決断することができたとも推測できますよね。
三谷さんが、起業に向いている人のループに、この先もさらにドハマリしていくとしか思えませんね~。
西田亮介研究室夜店YouTube本舗【公式】西田亮介の教養ゼミ(#22)2026/4/17公開
と、こちらのチャンネルでも、街録チャンネルと同じサムネ仕様になっててお茶目なお二人ですね。
さて、ここからまた、三谷さんの経緯の続きに戻りましょう。
就職してからはどうだっだの?
就職して、派遣先として配属されたのが、テレビ朝日映像という所でした。
しかし三谷さんが希望していたバラエティ番組の制作は行っておらず、理想とのギャップを強く感じて過ごしました。
配属からわずか一週間で、「ここでは自分のやりたいことができないので辞めてもいいですか」と派遣元に相談したものの、「もう配属されたからダメ」と言われ、そのまま続けることになりました。
以上が、三谷さんが最初にTV業界に足を踏み入れたあたりまでの経緯です。
就職が決まるまでも就職が決まっても、順風ではないですよね。
しかし、松本人志さんへの憧れや「バラエティをやりたい」という気持ちは、今後も強く持ち続けていくのですよね。
さてこの記事他で私は、これまでもこれ以降の三谷さんがYouTubeだけで生計を立てていくようになるまでを書いていってるんですけど、私が、三谷さん・街録チャンネルについて調べていくうちに、三谷さんの起業家としての資質や成功の秘訣についても滅茶苦茶興味がわいてしまい、もしかしたら、こちらお読みの方でも、副業でも本業でも起業したい、してる、って方がいらっしゃるかもしれないと思って、三谷さんの事を通して、私なりにマインドや行動面で参考になる事や気づいたことなどに触れながら、記事を書いていこうと思いました。
ですので、私の考察などがところどころに熱く!入りますので、お前の話はいらね~よ(笑)いう方はそういう所はどんどんすっ飛ばして読んでくださいね。
というわけで、まずは、街録チャンネルや三谷さんの起業家としての素質の素晴らしさをお伝えしていくにあたり、私からは、まずは2つの用語の理解を共有させてほしいなと思います。
(例えば早速ここね↓ここからは私の考察なんで↓読みたくない人は、2タイトル分、飛ばしてくださいね。)
1つめの用語『ディレクター』とは?実際に何をする人なのか?『ユーチューバー』とどう違うの?
街録チャンネルの立ち上げ経緯など次々とご紹介する前に、まずは、『ディレクター』とは具体的に何をする人なのか知ってほしいのです。
答えはズバリ!ほとんど『全てをやる人』なんです。
え?驚きましたか?
驚きますよね。
現場で指揮を執り指示を出してるだけの人では無い!のです。
私も、街録チャンネルの事を深堀りしてみて初めてディレクターとは何か分かりました。
例えばAテレビ局のBバラエティー番組があったとして、Bバラエティー番組は○○コーナー△△コーナーなどに複数に分かれてますよね。
ディレクターとはその○○とか△△のコーナーについての台本を作るところから始まり、ロケをして、撮影をして、編集をして、出来た映像を提出するっていうのがディレクターの仕事なんですね。
撮影と編集まで、自分が担当するところのほぼほぼ全部をやる人、つまりそのコーナーの映像制作を企画から制作編集までほとんど全てに関わってやる人の事なんです。
これはTV業界だけの話かもしれませんが、三谷さんはそもそもTV業界の出身なんで、三谷さんがディレクターだと言ったら、その仕事内容は、ほとんど全てをやる!という事になりますね。
しかも、バラエティ番組は、複数の色々なコーナーで構成されていて、そこで使うVTRの内の1つを作るとなった時に、このVTRの責任は誰が持つかというと、それがディレクターということでした。
ひ!えらいこっちゃ、聞いてるだけでストレス感じちゃいそうですよ。
三谷さんがご自身の事をディレクターと名乗る、その、ディレクターという肩書のシビアな背景がおわかり頂けたのではないでしょうか?
結構な仕事量をひとりでこなしていたはずなんですよね。
YouTubeで一人で稼いでもいるし、三谷さんひとりユーチューバーとほぼ同じだったという理解でいいかと思われます。
TV業界出身の三谷さんにとって、おそらく肩書はユーチューバーという表現よりも、ディレクターというほうが、経験からくる自負心や責任感を考えても、しっくりきていたのもあるのかもしれませんね。
②2つ目の用語『起業家』とは?
次は、『起業家』とはなにか?そして起業家に向いている人はどんなひとなのか?調べてみました。
起業家(英:アントレプレナー)とは、自ら新しいビジネスアイデアを考え出して、資金や人材を集めて、0から1(何もないとことからスタートして、自ら事業を作り出し)運営する人の事なんです。
そして、起業家に向いてる人の特徴は以下のようなものがあるんですよね。
1.行動力や決断力があり物事の本質を見出せる
2.好奇心旺盛で柔軟な考え方ができる
3.事業を通して解決したい社会課題がある
4.リスクを恐れず挑戦でき失敗しても諦めない
5.考えや信念が簡単にぶれない
6.人付き合いが上手・得意
7.新しい価値を生み出すための行動ができる
引用:https://www.freee.co.jp/kb/kb-launch/entrepreneur/
また、成功している起業家に共通している10の資質というのもあるんですよね。
1.高いリスク許容度と挑戦心
起業にリスクはつきものであり、それを恐れず挑戦できることは、起業家にとって最も重要な資質の一つです。
事業は常に不確実性の連続であり、安定した会社員生活とは大きく異なります。
収入が不安定になる可能性や、事業が失敗するリスクを受け入れ、それでも挑戦したいという強い意志が求められます。賢明な起業家は、リスクを正確に分析し、コントロールしながら大胆な一歩を踏み出します。2.強い当事者意識と責任感
事業で起こるすべての出来事を「自分ごと」として捉え、最後まで責任を負う覚悟があるかどうかも重要です。
会社員であれば、最終的な責任は会社や上司が負ってくれるかもしれません。
しかし、起業家は事業の全責任を一人で背負います。トラブルが発生した際に他人のせいにせず、自らが先頭に立って問題を解決し、従業員や顧客、取引先に対して誠実に対応できる強い責任感が不可欠です。3.柔軟な思考と迅速な行動力
市場や顧客の反応に応じて、計画を柔軟に変更し、すぐに行動に移せる能力は、変化の激しい現代において起業家が生き残るための鍵となります。
完璧な計画を立てることに時間を費やすよりも、まずは「やってみる」という姿勢でスピーディーに仮説検証を繰り返せる人が、成功のチャンスを掴みやすいでしょう。「走りながら考える」ことができるフットワークの軽さが、ビジネスチャンスを逃さないために重要です。4.失敗から学ぶ学習能力
起業家にとって失敗は終わりではなく、成功への貴重なデータです。一度や二度の失敗で心が折れることなく、「なぜ失敗したのか」「次はどうすればうまくいくか」を冷静に分析し、次の行動に活かせる学習能力が求められます。成功している起業家の多くは、数えきれないほどの失敗を経験しています。
その経験一つひとつを成長の糧にできるポジティブな姿勢が、最終的な成功へと繋がります。5.人を巻き込むコミュニケーション能力
自分のビジョンや事業の魅力を熱意をもって語り、他人を巻き込む力は、起業家にとって不可欠なスキルです。
一人でできることには限界があります。従業員、共同創業者、投資家、そして顧客など、多くの人の協力や共感を得るためには、高いコミュニケーション能力が求められます。
自分の想いを伝え、相手を惹きつける人間的な魅力も大きな武器になります。6.強い目的意識とビジョン
「なぜ自分はこの事業をやるのか?」という問いに対する明確な答えを持っていることは、困難な状況を乗り越えるための原動力となります。
単に「お金を稼ぎたい」という動機だけでは、起業の過程で訪れる多くの困難に耐えられないかもしれません。「この社会課題を解決したい」「こんな世界を実現したい」といった、社会や顧客に対する強い目的意識やビジョンが、長期的に事業を継続させるための支えとなります。7.継続的な自己投資と成長意欲
起業家は常に学び続け、自分自身をアップデートしていく必要があります。
市場、技術、法律など、ビジネスを取り巻く環境は常に変化しています。
現状維持は衰退を意味するため、書籍を読んだり、セミナーに参加したりと、常に新しい知識やスキルを吸収しようとする自己投資の姿勢が欠かせません。8.孤独に耐えうる精神的な強さ
事業に関する最終的な意思決定は、すべて自分一人で行わなければなりません。
その重圧や孤独感に耐えられる精神的な強さも、起業家には必要です。会社員時代のように、気軽に相談できる上司や同僚がいない状況で、重要な決断を下し続けることになります。
信頼できるメンターを見つけたり、起業家仲間との繋がりを持ったりすることも大切ですが、基本的には孤独な戦いであることを覚悟しておく必要があります。9.課題発見力と解決策の探求心
世の中の「不便」「不満」「不足」に気づき、それをビジネスチャンスと捉える視点が重要です。
多くの人が見過ごしてしまうような日常の中の小さな課題に目を向け、「どうすれば解決できるだろうか?」と常に考える習慣が、新しい事業のアイデアに繋がります。優れた起業家は、単に問題を見つけるだけでなく、その解決策を粘り強く探求し、具体的なサービスや商品として形にすることができます。10.基本的な計数管理能力
事業のお金の流れを把握し、管理する能力は、ビジネスを継続させるための生命線です。
売上、利益、コスト、資金繰りといった基本的な数字を理解できなければ、どれだけ良い製品やサービスを持っていても事業は立ち行かなくなります。会計の専門家である必要はありませんが、少なくとも決算書(損益計算書や貸借対照表)の基本的な内容を理解し、自社の経営状況を数字で語れる力は最低限身につけておくべきです。引用:https://www.libport.jp/news/view/462
そして逆に、起業家に向いてない人の特徴には以下のようなものがあります。
1.安定を最優先に求める性格
給与や雇用の安定が何よりも大切だと感じる場合、起業の道は精神的に厳しいものになる可能性があります。起業初期は収入がゼロになることも珍しくなく、常に不安定な状況と隣り合わせです。
2.指示がないと行動できない
上司や誰かからの具体的な指示を待ってからでないと動けないという人も、起業には向いていません。起業家は、誰も答えを知らない状況で、自ら課題を見つけ、やるべきことを判断し、行動を起こし続けなければなりません。3.完璧主義で決断が遅い
失敗を恐れるあまり、100%の確信が持てるまで行動できない完璧主義な性格は、ビジネスチャンスを逃す原因になります。起業の世界では、スピードが命です。70%程度の完成度でも、まずは市場に出してみて、顧客の反応を見ながら改善していく姿勢が求められます。4.他責思考が強い人
問題が起きたときに、原因を自分以外の環境や他人のせいにする傾向がある人は、起業家として成長することが難しいでしょう。事業におけるすべての結果は、最終的に自分の判断の結果です。すべての責任を負う覚悟がなければ、困難を乗り越えることはできません。引用:https://www.libport.jp/news/view/462
『ディレクターの仕事の範疇』と『起業家について』の理解を一応共有させて頂いたというところで、本題に戻りましょう。
三谷さんは、TV業界にたどり着きましたが、それ以降はどのような経緯だったのか追っていきましょう。
就職してADとして従事し、その後フジテレビのADをするまでの経緯は?
三谷さんは就職活動で、興味があるTV業界にたどり着きましたが、実際はどうだったのでしょう?まずは、ざっくりと流れをおさえましょう。
「バラエティ志望なのに非バラエティ現場でADを3年続ける→周囲に“バラエティをやりたい”と言い続ける→理解あるプロデューサーに背中を押される→ 笑っていいとも! のADになる」
さて、これを詳しく見ていきましょう。
最初の3年間は希望していたバラエティ番組に関われず、「まだスタートラインに立てていない」という感覚が強かったため、辞めるという選択肢にはならなかったといいます。
そんな中、派遣先で世話になっていたプロデューサーに本音を打ち明けたことで、「早くやりたいことができる環境に行った方がいい」と背中を押され、バラエティ番組への異動につながりました。
その後配属された「笑っていいとも!」では、約2年間ADを担当しました。
ただ、生放送の帯番組という特殊な環境だったため、「ここで身につく能力は他では役立たないのでは」と当時は感じていたそうです。
現場では、買い出しや小道具の準備など細かな作業を担当しながら、睡眠時間が1日2時間ほどしかない生活を送っていました。
アルタの客席で仮眠を取り、そのままリハーサルや本番準備に入る日々だったといいます。
そのため、「本番の1時間以外はずっと地獄だった」と振り返っています。
一方で、本番だけは特別な時間でした。
第一線で活躍する芸能人たちの仕事を間近で見られることに面白さを感じており、その時間だけが大きな支えになっていたそうです。
それでも精神的にはかなり追い込まれており、「辞めたい」と何度も思っていたといいます。
しかし番組終了が発表されたことで、「ゴールが見えたなら最後までやろう」と考え、なんとか完走しました。
また当時は、失敗して怒られる毎日が続き、「自分はディレクターになれないかもしれない」と自信を失いかけていました。
ただその一方で、自主的に映像編集を手伝っていたことがきっかけで、実際に一本のVTR制作を任される機会を得ます。
その映像を見た制作会社のディレクターから、「才能があるから続けた方がいい」と強く褒められたことが、大きな支えになったそうです。
三谷さんは、その小さな成功体験があったからこそ、厳しい環境でもギリギリ踏みとどまれたのかもしれないと振り返っています。
街録チャンネルインタビューに逆登場して語る代表
冒頭に載せた動画は、街録チャンネル通し番号付き動画、#241です。
ご本人へのインタビュー日は2021年2月7日で、三谷さんの初逆登場です。
街録チャンネルの1周年記念として撮影されています。
街録チャンネルの初公開動画の初公開日2020年3月9日で、その1年後にご本人初逆顔出し動画公開日2021年3月9日ですので、ホントに丁度1年なんですよね。
(ご本人へのインタビューは2021年2月7日。この時点で、今はyou tubeだけしかやっていないと発言されてますので、YouTubeで起業して一年以内にユーチューバーとし独立を果たせた事になってそうですね。)
この動画の冒頭に三谷さんの言葉が(本人弾き語り映像に重ねて)割と長く出て来ます。
街録チャンネル制作運営への思いから、自身と動画の関りに変化が起きて、三谷さんが自ら脱皮・成長をし始めたところから出たであろう言葉で、読めば読むほど飾らない素敵な言葉なんで、そのまま抜粋させて頂きます。
『このちょうど、一年前に街録チャンネルの動画投稿を開始しました。最初は、you tubeを運営してる事自体周りの人たちにバレたくなくてひっそりと裏垢のインスタグラムで宣伝してたりしました。公にするのは、1万人行ってから、なんて生意気なことを考えていたのですが、※自分が本気で宣伝してないのに誰かが広めてくれるわけもなく、1000人行く前にTwitterとかインスタ、Facebookを駆使して宣伝しまくってました。この一年で200人以上の方が取材をうけてくださったおかげで20万人突破することができました。今日から街録チャンネル二年目!あんまり調子に乗らない様に感謝の気持ちを忘れずに、程よく無礼に取材してこうかなと思っております!』
との結構な長文でしたね。この中で、私が気になった起業家向いてるポイントは※『自分が本気で宣伝してないのに誰かが広めてくれるわけもなく』、というところです。
これってフリーランスとか個人事業を始めた人がどうやって最初に顧客を集めていくのか?最初の最初でどうしても尻込みするところだったり、どのように営業活動をしていくのか?というマインドの部分であると思うのですよね。
そこで三谷さんはキングコング西野亮廣ラジオを聞いたり、街録チャンネル#201の元同業者&現同業者インタビュー(下に動画貼ってます)で、人に応援される意味とそ方法を学んだそうですね。
起業家として、常に学び続け、自分自身の日々のアップデートによるマインドの変化の結果として、街録チャンネルの良さをわかってくれるファンを増やしていくための本気の宣伝として、顔出しへのためらいを無くしていくあたりで、強い当事者意識や人を巻き込むコミュニケーション能力を素早く手に入れられた感じがしますよね。
三谷さんのこの決意表明らしき文章動画が終わると次は、数々のゴールデン番組を演出してきた重藤さんというTV業界の大先輩ディレクターさんに撮影してもらって、ご自身の事をお話しています。
この動画の中で、重藤さんは同業の人間(TV番組のディレクター)として、三谷さんに質問したり会話できるので、業界での事情が分かり合える立場で、当時は三谷さんは安心して、逆街録インタビューしてもらえたのかなと、思いました。
また当時のコロナ過の影響で重藤さんも放送関係の人間としてyou tubeに非常に興味を示してる姿勢が伝わってきます。
当時はロケや人が集まって顔をよせる収録などが難しくなり、ましてや体当たりのバラエティーなんてもってのほか状態。
では、そんな中でそういった仕事に関わっている人は、これから先どうやって仕事をしていくのか?本業どうなる?副業は?TV業界だけではない、生き残りをかけていた世相も反映されていますよね。
先輩も後輩も無く、仕事を今後どうしていくのか?という情報交換の場にもなった二人のやり取りでもあるのかなと、今振り返ると思いますね。
後々、街録チャンネルでは、2周年記念動画、3周年記念動画と公開されていってますが、こちらの動画は、ご本人からしたら、やはり、起業が成功し始めたころで、やっとほっと一息の懐かしくも誇らしい1周年記念動画となっているんじゃないかなと思います。
この記事はあと少しで終わりますが、三谷さんのその後はまた別の記事でまとめていく予定なので、また、ブログでお会いしましょうね。
前述した動画を下に貼り付けました。
三谷さんが当時街録チャンネルの運営面で影響を受けたという方のインタビュー回です。
最初の方は珍しくインタビューしてる三谷さんのケラケラ屈託のない笑い声がきけますよ。
早稲田大学出身のおに(ポケットウィズ)さんもTV業界出身のユーチューバーで、三谷さんも引き込まれて話を聞いています。
当時の異端児二人という感じで楽しそうです。
街録チャンネル『#201』(201個目/通し番号の動画のうち)2021/1/15公開

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